| 書名 | 児島の歴史 1巻 |
|---|---|
| 書名ヨミ | コジマノレキシ01 |
| 副書名 | 児島産業史の研究 |
| 副書名ヨミ | コジマサンギョウシノケンキュウ |
| 叢書名 | - |
| 巻次等 | 1 |
| 装丁 | 356p |
| 著者名 | 多和和彦 |
| 著者名ヨミ | タワ カズヒコ |
| 出版者等 | - |
| 出版年 | 195911 |
| 内容 | ◇1 序説 ◇ A 塩の起源と製塩について ◇ B 塩土老翁のことども ◇ C 製塩のはじまり ◇2 製塩法のうつりかわり ◇ A 古代の製塩法 ◇ B 揚げ浜式と入り浜式 ◇ C 真空式製塩まで ◇3 児島に於ける古代の製塩地 ◇ A 児島の屯倉と製塩 ◇ B 児島の塩百姓 ◇ C 塩生と塩干 ◇ D 古代末期の製塩 ◇4 中世期の児島の製塩地 ◇5 近世に於ける南児島の塩田開発 ◇ A 阿津の古浜 ◇ B 塩田技術と赤穂武士 ◇ C 富田屋の塩田開発 ◇ D 児島市内の塩田開発 ◇ 1 阿津の新浜のほか西部各地 ◇ 2 児島市東岸の塩田と塩釜の碑 ◇ 3 赤穂の井戸 ◇ E 野崎家と味野明神島と野崎浜 ◇ F 児島半島内各地の塩田 ◇6 明治時代の変遷 ◇ A 味野の明神島と野崎家の塩浜開発 ◇ B 稲荷社の明治浜の碑 ◇ C 味野今宮にある塩田関係碑 ◇ D 赤崎にある製塩関係石碑 ◇ E 阿津新浜の塩釜明神 ◇ F 下村の御用処塩田 ◇ G 明治11年の職分総計より ◇ H 明治16年の古地図より ◇ I 入浜式塩田の概要 ◇ J 野崎家記念碑その他〔金屋家墓及び塩生・下村・阿津の塩釜社〕 ◇ K 明治時代追加のこと〔塩と繊維兼業の家〕 ◇7 大正より昭和へ ◇ A この期間について ◇ B 塩田の減少 ◇ C 味野塩業組合のこと ◇ D 製塩業功労者佐藤保孝 ◇ E 内海塩業と野崎家 ◇8 結語と追憶 ◇ A 塩務局と浜子と屋号の想出 ◇ B 塩釜神社の現状 ◇ C 師楽式土器の分布状況 ◇9 追録 ◇ A 在由加山「渾大坊益三郎の碑文」 ◇ B 日本専売公社児島出張所のこと ◇ C 塩田の転換などについて ◇ D 広江の師楽式土器について ◇ E 塩生の塩釜神社の石鳥居 ◇ F 上之町鎌田正信翁の碑文と追加事項 ◇ G 児島郡東児町のシホとハマの地名について ◇ H 塩業組合成立後の異聞 ◇ I 東野崎塩田の碑 ◇ J 塩田の歌 ◇ K 内海塩業株式会社山田工場のこと ◇ L 製塩功労者春藤武平のこと ◇ M 西井多吉伝 ◇ N 東野崎浜の塩釜明神 ◇ O シーボルトと日比の塩田 |
| 棚番号 | B11 |
| 請求記号 | 217-75-KJ |